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管理人:あわいゆきこ
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引揚記念館の入場券には「赤れんが博物館」への共通券もついていたので、あまり知識も無く訪れてみました。この立派なレンガの建物は、明治34年(1901年)に旧海軍鎮守府が開かれたため、魚雷の倉庫として使われていました。
レンガ造りの建物としては最も古い建物の一つとされています。
2018/12/13(木)
04:43
No.4061
管理人:あわいゆきこ
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山頂にはある碑をもう一つご紹介します。皆さんも一度は耳にしたことが有ると思いますが・・、二曲の詩碑です。
一つは息子の帰還を待つために、引き揚げ船が入港するたびに岸壁にたち続けていた、端野いせさんをモデルに作られた名曲「岸壁の母」の詩です。
そして、もう一つはシベリア抑留の兵士の間で歌われていたという「異国の丘」です。
当初はよみ人しらずで、NHK「素人のど自慢」で歌われ始めたのがきっかけで、その後に舞鶴港に復員した吉田正さんの作曲だと判明・・この吉田正さんは後に昭和の大作曲家として名曲を沢山生み出しました。
どちらも、舞鶴港に深くかかわる悲しくも美しい感動の名曲です。
2018/12/11(火)
05:18
No.4059
管理人:あわいゆきこ
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2018/12/09(日)
04:29
No.4057
管理人:あわいゆきこ
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先月11月22日、23日に舞鶴を訪れた時の取材記を開始します。岡山から車で3時間半ほど走行して、まず最初に目指したのは「舞鶴引揚記念館」です。
太平洋戦争が終結して73年・・昭和20年の8月15日に戦争は終わったと思っている人が、現代の日本人のほとんどだと思いますが・・・実は違うのです(◎_◎;)
終結後、旧満州、朝鮮半島、南太平洋の諸国に660万人もの日本人がとりのこされ、彼らの地獄のような運命は昭和33年9月7日に最後の引揚げ船「白山丸」が舞鶴港に入港するまで続きました。
終戦から13年・・私が3歳の時です。(=_=)
この引揚記念館は再び繰り返してはならない「引き揚げ」の史実を未来に伝え「平和の尊さ、平和への祈り」を伝える為に昭和63年(1988年)4月に開館しました。
内部の展示はとても分かりやすく、シベリア抑留や引き揚げの歴史を伝えています。ボランティアの方が親切に説明してくださるので、ありがたかったです。
舞鶴取材記つづく
急に冷え込んできましたね(@_@;)温度差が激しいので、皆さん風邪を引かないようにお気を付けください。
これから早朝練習に出発します。行ってきま~す!
世界が平和でありますように!みんな明るく幸せに!
ありがとうございます
2018/12/08(土)
04:58
No.4056



