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管理人:あわいゆきこ
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江戸時代末期(1867年)坂本龍馬が「いろは丸」という船で海運業務を行っていた際、瀬戸内海で紀州藩の軍艦「明光丸」に衝突された事故が有りました。その事故の損害賠償交渉がこの鞆の浦で行われました。
龍馬は頭が良すぎるというか、ズル賢い・・積んでも居なかった鉄砲などの兵器の賠償金(現代のお金で25億~42億ほど)を紀州藩に支払わさせたのです。
この事件を「いろは丸沈没事件」と言われて、今となっては観光資源です。
2025/06/22(日)
04:54
No.4794

