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管理人:あわいゆきこ
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長崎の街自体があまり広くないので、車を止めていた平和公園から次の取材地「日本二十六聖人殉教の地」は車で10分ほどの所にあります。豊臣秀吉が発した禁教令により、二十六人のキリスト教(カソリック)信者がこの西坂の丘で十字架にかけられ処刑されました。
西坂の丘は、キリストが処刑されたゴルゴタの丘に似ているという事で、この地が選ばれ当時数千人の人々がその処刑を見守る為に丘の周りに集まったそうです。
この二十六人の殉教者の姿を蘇らせた慰霊碑の像の中に、小さな子供が居るのを見つけることが出来ます。
十二歳の少年ルドビコ茨木、十三歳の少年長崎のアントニオ、十四歳の少年トマス小崎の三名です。
この、二十六人の殉教は当時日本よりもヨーロッパに広く伝わり、どんな弾圧にも屈しないで信仰を守り続けた姿に、現代に成ってもカソリック信者の尊敬の念を集めています。
2018/10/13(土)
04:25
No.4000
管理人:あわいゆきこ
二十六人の内わけは、日本人20名、スペイン人4名、メキシコ人1名、ポルトガル人1名です。この方達は、京都、大阪で捕まり悲惨な事に左耳を切り落とされ京都市内を引き回し・・その後なんと!徒歩で長崎まで移動させられました。極寒の季節・・岡山の旧山陽道を歩いて通過したと思うと・・心が痛みます・・どんな思いで長崎の地を目指したのだろうか?
私の想像するには・・神父様と共に益々信仰の力は強く成りお祈りし続け、全員が死を恐れない気持ちに成って行ったのだろうと思います。
棄教すれば死を逃れる道もあったのに「(この世の)つかの間の命と(天国の)永遠の命を取り替えることはできない!」と、イエス様と同じ処刑される運命を選んだのでしょう。
2018/10/13(土)
04:48
No.1

