返信フォーム
管理人:あわいゆきこ
返信
被爆像の反対側のエリアには、江戸幕府が禁教令を布告してから明治時代まで行われたキリスト教弾圧で殉教した人々の慰霊碑がありました。この江戸時代中期から明治時代初期にキリシタン弾圧事件が大きくは4度にわたって行われ、その悲惨な事件は「浦上崩れ」とも称されています。浦上一番崩れ、浦上二番崩れ、浦上三番崩れ、浦上四番崩れ、というように・・・。
そして、昭和20年に投下された原爆は特に長崎市内浦上地区に在住するキリスト教徒に多くの犠牲者を出したことから、これをキリスト教徒の受難事件ととらえ、「浦上五番崩れ」と称することもあるそうです。
2018/09/28(金)
05:02
No.3985


